お侍様 小劇場

   “蒸し暑い 閑話” (お侍 番外編 105)
 


六月も残り僅かを数えるまでとなり、
株主様向けの前年度の年度末決算とその報告という、
株主総会絡みのあれやこれやも、いくら何でももう落ち着いて。
とはいえ、実務がそういった対外・渉外関係へ絡むことこそ主流となろう、
幹部職員や役員づきの秘書らを束ねる室長殿としては、
日頃以上に油断も予断も許されぬ時期だったには違いなく。
業務としての決算作業にかかっていた部署を横目に、
あからさまなそれはさすがにみっともないからという、
株主間への一応の根回しに始まり、
各種調整へと飛び回っていた“陰の大立者”としては。
それらが一段落した安堵もあってか、
帰宅してすぐの着替えのさなか、
よほどに気が緩んでおいでだったか、
長いくせっ毛へと大ぶりなその手を差し入れ、
もしゃもしゃ まさぐって見せたので、

 「今日は蒸し暑うございましたものね。」

室内着として用意した更紗のシャツ、羽織り直される前にどうぞと、
肌にまとわりつく汗を拭くため、蒸しタオルを差し出していた七郎次が、
そんなさりげない一言、勘兵衛へと差し向けたのも、
あくまでも自然な感覚から発したことかと。
ともすれば背中まで届かんというほど延ばしている髪なのは、
世間へは内緒の“真の素性”でかかる職務にて、
向かった先の地の文化の関係で必要とされる場合もあるからで。
今時は引っ張っても平気なほど精巧なかつらもあるとはいえ、
職務中、慣れぬ長髪に不自然な所作が出ても問題なのでと、
これを保っておいでの御主なのだが、
さすがに…日本の湿気の多い夏場は大変そうで。
長年のこととて慣れもあろうし、
表向きには、問題ないぞと涼しい顔をしちゃあいるが、
ふと気を抜くと、こういう態度や所作が ちらりするのも無理はなく。
クールビズに代表される省エネ対策の一環で、
彼の勤める商社でもサマータイム出勤が導入されておいでだとか。
それでと早い帰宅がかなったはいいが、

 「うむ、この時間だと外は涼しい風とは無縁のようでな。」

湿気の多い熱風の中、げんなりしつつの帰宅となったその余燼、
見られてしもうたかとばかり、
ムキにはならずに苦笑を浮かべる勘兵衛なのへ。
にこりと笑い返した七郎次、
自分が着ていた爽やかなシャーベットブルーのシャツの胸ポケットから、
何やら摘まんで取り出すと、
失礼しますと勘兵衛の髪を束ごと手にし、
うなじのところでクルクルッと束ねてしまう手際のよさよ。
ゴムの入った組み紐にての処置らしく、
だが、彼自身が今そうしているようなぎゅうとした束ねようではないので、
頭皮を引っ張られる違和感もなくて。
他人の頭へだというに、
相変わらずに加減をよくよく心得ているのが おさすがな手際。
そのような感心を表情へと浮かべた勘兵衛だと、
これまた あっさりと見て取ったらしい恋女房、

 「いえなに、
  小さい子の髪をね、こうやって束ねてやる機会が無いでなしなので。」

それで出来たことですよと、あっさり流してしまう謙虚な彼だ。
まだ明るいので風呂はのちにと言い、
それよりも久し振りに、
久蔵も居合わせる夕餉を共に囲みたいとした勘兵衛の身支度を済ませると、
リビングの方へと戻ることにした二人だったが、

 「背中を流すおり、髪も念入りに洗って差し上げましょうね。」

この時期はどうしても、髪の多い人には大変なのでしょうねと、
同情しますと言わんばかりに目許をたわめてしまう女房殿で。
そういえばこの彼は、さらさらした質の髪をしており、
態度の楚々としたところに合わせ、
身だしなみを整える心掛けを疎かにせずの、
いかにも涼しげな“見栄え”であるというのみならず、
実質 負担の少ない身なのではなかろうかとも思わせたが。

 “とはいっても…。”

例年のことというほどではないながら、
それでも忘れた頃合いに立ち眩みを起こすほど、
実質は暑さに弱い彼なので。

 “あまり油断はするなと、こちらも気を配らねばな。”

にこやかに笑い、てきぱきと動き回る彼を見、
そんなこんなを思い直しつつ辿り着いた、
まだまだ明るいリビングでは、

 「…。」
 「おやおや、ドライヤーは使わなんだのですか?」

窓辺のソファーの定位置へ向かった自分と入れ替わり、
そちらから七郎次のところへ向かって来た次男坊の姿へ、
だが、そのご当人が苦笑交じりの声を出した。
言われて気づいたという順にて、
んん?と肩越しにそんな彼を見返せば。
綿毛のような癖があって、ふわり広がっているはずの久蔵の髪が、
濡れたままに程近く、ふしゅんと萎んでおいでであり。

 「暑いから自然乾燥? それではもつれてしまうでしょうに、どら。」

軽やかな色合いと、ふわりとした質感が、
そちらもまた周囲へはいかにも爽やかな印象を与える久蔵の髪も、
実は湿気に関しては結構大変ならしく。
熱を帯びた空気がまとわりつくので暑いと、
帰ればすぐにも風呂へと直行しておいで。
なのに、後は手もかけずの放っておくものだから、

 「あとほんのちょこっと、風を当てれば済むことでしょうが。」

スリムなシルエットのデニムに、
肩幅の合ってない 少々大きめのTシャツ姿なのがますますと、
ひょろり痩躯な身を強調させている次男坊を。
ほらとカウンターの傍におかれたスツールへ腰掛けさせ。
ドライヤーを片手に、少し色合いの濃くなった彼の髪へ、
繊細な指を通しつつ、仕上げを手掛ける七郎次の手際も、
これまたなかなかに手慣れたもの。

  …ということは

蒸し暑い中を戻った日は ほぼいつもいつも、
このような手間をかけさせている彼であるらしいとの推測は容易。

 “………ほほぉ。”

小さな幼子じゃああるまいし、
それにこういうことへは不慣れで不器用だったとしても、
母上想いの彼のこと、
手をかけさせるのは忍びないという方向へ思考が向いて。
例えば…ネクタイは何とか自分で結べるようになったように、
頑張って練習くらいはしようところが、
そんな様子も無さげらしいというのは、

 「…………。/////////

髪をさわさわ掻き回されているご本人の口許が
本当に微かながらもほころんでいることから、
ある意味、明らかで。

 「ほら。すぐに仕上がった。」
 「…、…。(頷、頷)」

第一、久蔵殿の髪は、
放っておくと今時のハタキのように広がりかねません、
せっかくこんな軽やかなのですから、
形を整えながら乾かさないとと。
いい子いい子と頭を撫でるよに、
手櫛で髪を梳いてやる所作が何ともやさしげで。
撫でられている側の表情がまた、
そんなお顔も出来るのだなというのが意外な、
何とも甘いまろやかさだったがゆえ。
新規登用された木曽の“草”の何人かが
不意を突かれたか
その場で バタバタッと倒れたほどの威力を発揮したとかで。(後日談)

そんなお顔を見せられてしまっては、

 “…まま よしか。”

自分まで大人げない悋気を起こしては、
結果として七郎次も困らせようしと、思い直すのも素早かった、
さすがは倭の鬼神様ではあったれど、

 『そも、
  そこまで細かいチェックがいちいち入るトコが、
  大人げないっちゅーんとちゃうのん?』

 『せやし、人間らしトコがあって善ろしやないの。』

西の某顔触れからは、
あっさりとクギを刺されているかもですが。
(笑)


  「さ、お食事にしましょうね。」


肌へと風ごとへばり付くような湿気も、
体内へ潜熱を籠もらせるじんわりとした温気も、
あっと言う間にからりと追いやる、
それは爽やかな笑顔に見守られ、
島田さんチの真夏は今年も快適に通過するんじゃなかろかとは、
誰もがあっさり下すだろ、揺るがぬ予想のようでございます。






   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.06.23.


  *せめて背景くらいは涼しげなものを。(笑)
   これまたネタとしてはささやかな代物で、
   拍手お礼に回しても善さそうでしたが、
   こうも立て続くのも何でしたので。

   いやそれにつけましても蒸し暑いっ!
   昼間はまだ何とか、窓を開けてしのげてますが、
   さっそく寝苦しいのが たまらんです。
   被災地の方々、どうか体調には気をつけてくださいね。
   そして中央のお歴々、
   先を見据えるのも大事かも知れませんが、
   百俵の米がどうとか言って、結局 痛みしか残さなんだ人もおいでです。
   今すぐ出来ることにも、たまには目ぇ向けてください。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る